マインハルト・プリンツが贈る「挑戦」へのエール ── 静けさの中で音色を育て、舞台の経験を次の力に:日本奏楽コンクールを終えて

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オーストリア、ケルンテン州出身のピアニスト、マインハルト・プリンツさん。18歳でオーストリア青年音楽コンクール第1位を獲得し、特別賞としてハンガリー国立リスト音楽院へ給費留学生として招かれました。オーストリア国立ウィーン音楽大学を最優秀賞を得て卒業し、以来、同大学で教鞭を執りながら、世界各地で演奏を続けておられます。
今回は、第8回日本奏楽コンクールの審査員を務められたプリンツ先生に、審査を終えてのお話を伺いました。弊サイトでは9月の特集記事でもお考えをお聞かせいただいており、そのときのお話を今年の審査と照らし合わせながら、音色の幅の育て方、楽譜と自由の関係、講評に込める思いまでお尋ねしています。
ご自身が18歳で挑んだコンクールの記憶、ウィーンの古典派から受け取ったもの、そしてこれから挑戦する方へのメッセージまで。音楽を続けるすべての方に向けた言葉が並びます。


取材・文|編集部

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プロフィール

プリンツ先生

マインハルト・プリンツ(Meinhard Prinz)

ピアニスト/オーストリア国立ウィーン音楽大学

略歴:オーストリア、ケルンテン州出身。18歳でオーストリア青年音楽コンクール第1位を獲得し、特別賞としてハンガリー国立リスト音楽院に給費留学生として招待される。その後、オーストリア国立ウィーン音楽大学を最優秀賞を得て卒業。以来、同大学で教鞭を執る傍ら、世界各地で演奏活動を続ける。ピアノソロにとどまらず、数多くの国際的ソリストとのアンサンブル、ウィーン・フィルのメンバーとの室内楽でも知られ、その幅広いレパートリーは高い評価を得ている。

【音楽の歩み】父は音楽教師で、ピアノやオルガン、チェロなどを演奏していた。生まれたときから音楽の中にいたという。勉強や練習を強いられたことはなかったが、父と兄弟全員で定期的に開くホームコンサートだけは半ば強制的で、若い頃は好きではなかった。それでも、これが自分の音楽の基礎になったことは間違いない、と振り返る。

【音楽以外の横顔】アルプス山脈へと続く山々に囲まれたケルンテン州で育ち、若い頃から山登りを好む。大自然の中では感性も研ぎ澄まされ、深く考えることができるという。辛抱して歩き続けることは練習のときの忍耐に通じ、美しい自然の造形から音楽について教えられることも多い。最近は山に行く機会が減ったが、本を読む時間は毎日欠かさない。

第8回日本奏楽コンクールを終えて

プリンツ先生
ⓒ日本奏楽コンクール事務局

──審査を終えてのご感想と、今年の全体の印象をお聞かせください。

マインハルト・プリンツ
今年もたくさんの音楽を愛する方達が集まって、熱い音楽を発表されました。特に中学生、高校生といった若い学生さんの活躍はめざましいものがありました。大人の音楽家にない純粋な心で取り組んでいる音楽を聴けるのは、審査員としてとても嬉しく、将来がとても楽しみです。

奏楽コンクールは課題曲を設定しておらず自由曲のみですが、ピアノ部門に限って言えば、それぞれ用意される曲のレベルも高く驚かされます。それはアマチュア部門の方にも感じることで、日々別のお仕事をしながら練習を重ねて来られる努力は素晴らしいです。

──特集記事では、音楽性・技術の正確さ・それをステージで表現する力を重視して聴くとお話しくださいました。今年、その三つがそろった演奏に出会えましたか。

マインハルト・プリンツ
先に申し上げた様に、今年はとりわけ若い人達の演奏が光っていました。正確で音楽的な演奏は努力によってある程度得られますが、それをステージで出せるかどうかは、どのくらい場数を踏んで発表してきたかという点で大きな差が出ます。理想の演奏は簡単に出来るものではありませんが、折りあるごとに人前での演奏の機会を持って繰り返し研究されてきた演奏者は、今回も高評価で印象に残っています。

──「ppからffまでの様々な音色の幅」を感じ取った演奏を、とも伺いました。その幅は、日々の練習でどう育てられるでしょうか。

マインハルト・プリンツ
音楽上の音の強弱というのは、物理的な小さい、大きいではありません。ppと言っても様々な表情の音量や音色、音の長さと、音符の数だけ違いがあります。ffも同じです。今どんな音の強さや表情を求められているか、まずは楽譜をよくみて、作曲家の意図しているのは何かを考える習慣が大切です。

現代の慌ただしい生活環境の中では繊細なppを感じる事さえ困難になっていますが、それでも時間を取って静けさや空白の中に身を置く事は、音楽を深める上で欠かせません。その上で、目指す音作りのためのテクニックに戻って厳しい練習をする、その繰り返しです。

──日本の演奏は技術の水準が上がっている一方、表現力については「もっと自由に、フレキシブルな発想の豊かさが加われば」ともお話しされていました。今年の参加者を聴いて、いかがでしたか。

プリンツ先生

マインハルト・プリンツ
参加者の皆さんがたくさん練習を重ねてコンクールに臨まれているのはよくわかります。コンクールというものの性格上、より良い成績を取って優勝したいのも当たり前です。でも残念ながら、ミスをせずに、習った事を忘れずに、と言う気持ちが強すぎると、音楽を自由に表現する事は難しくなるのも現実です。

コンクールのために長い期間同じ曲を練習するのも当然とはいえ、これも自由さを奪うひとつです。出来るだけ様々な作曲家の曲も同時に練習して、音楽の幅を拡げていることはとても大切です。小中学生の小さい方には特に必要なことでしょう。色々な音楽に触れていて初めて、コンクール曲への解釈も深まって良い演奏に繋がると思います。

──楽譜や様式を大切にしながら、表現が自由になるには何が必要でしょうか。

マインハルト・プリンツ
ピアノ(鍵盤楽器)の音を出すメカニズムは、弦楽器や管楽器とは全く違います。弓とか息を伝わってではなく、指で直接音を作るので、他の楽器とは違う困難があります。音色については特にそうです。

他の楽器の音色を知って、その音色をピアノで再現する作業は、響きやフレーズの流れを考える上でとても大切です。ですからオーケストラやオペラ、その他の楽器演奏をたくさん聴く事は、ピアノの音色の幅を拡げ、更には多彩で自由な表現が可能になって行くと思います。特に若い皆さんは、音楽を聴く習慣が大切です。

──参加者へ講評やアドバイスを伝えるとき、心がけていらっしゃることは何でしょうか。

プリンツ先生
ⓒ日本奏楽コンクール事務局

マインハルト・プリンツ
何かアドバイスをする時、常に考えるのは、どうすればその演奏者のモチベーションが上がり、自分自身でその問題に気付いてもらえるか、ということです。そしてそこから探求心が広がって、積極的に取り組んでもらいたいからです。

もちろん指導者はそれを助ける存在ですが、演奏者が受け身に徹しないで、新しい課題を解決出来る力や強さを与えてあげられたら良いと考えています。その人の弱点を指摘するのは簡単かも知れませんが、発展性は小さいと思います。

──ウィーン国立音楽大学を卒業後、同大学で教えてこられました。ウィーンの音楽の伝統から受け継ぎ、次の世代に手渡したいものは何でしょうか。

マインハルト・プリンツ
ウィーン音楽の基盤は、やはりハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンでしょう。そこから受け継がれていったシューベルトの音楽は、特別ウィーンらしい雰囲気を持っていると個人的には感じます。ウィーンの古典派から始まってロマン派、現代音楽と発達していくわけですから、古典派の作品を勉強することは必須です。

古典派の音楽は、明確でクリアな楽章で組み立てられています。歌う様なメロディーがシンプルで、しかも自然な動きを持ちますが、そのスタイルを保つための決まりもはっきりしています。古典を学ぶことで、それ以外の時代の音楽をより深く理解出来ると思います。

──ご自身が若い頃、コンクールはどのような存在でしたか。

プリンツ先生

マインハルト・プリンツ
当時のオーストリアには、私も優勝したオーストリア青年音楽コンクールしかありませんでした。EUも存在せず、首都のウィーンだけは音楽水準が高かったですが、その他の国際的な音楽交流は限られていました。今日の様に家に居て世界中の音楽事情がわかる時代でなかったので、指導の先生を通して得られる知識を頼りに自分で考え、音楽に集中して演奏していましたので、ある意味良い時代だったかもしれません。

私はまだ高校生でしたが、これを機にメディア等にも色々と取り上げられ、演奏の機会も増えました。でも、コンクールの副賞として留学した当時のハンガリー国立リスト音楽院でのあらたな世界はカルチャーショックで、厳しいながら自分の弱点に気付かされる日々でした。

コンクールは現在、世界中に数え切れないほどあります。情報が溢れた現代社会で自分の目指すものが何か、コンクールを通して得られるものを次に生かして、音楽家として更に先に進むことが、コンクールの持つ意味だと考えます。

──日本奏楽コンクールへの挑戦を考えている方、そして音楽を志すすべての方へ、メッセージをお願いします。

マインハルト・プリンツ
コンクールを受けるには多少の決断が必要でしょうし、結果が良くなければ落ち込むのも自然です。でも賞の有無に関わらず、そこから得たものは、時間が経ってからあらためて思い出す時に、貴重な体験として残っています。

コンクールであれ、他の演奏会であれ、どんなに完璧に準備したつもりでも、思いがけない失敗をしたり、体調不良の時もあります。音楽的な部分だけでなく、メンタルの弱さに気付かされる。それら全ての経験が、次のステップに行く時のエネルギーになると思います。ですから演奏の機会をたくさん持って、日本奏楽コンクールにも何度でも挑戦していただきたいです。

インタビューを終えて──編集後記

ppとffは、物理的な大小ではない。『音符の数だけ違いがある』。プリンツ先生のお話は、強弱記号の読み方から始まりました。そして、繊細なppを感じ取るためには、静けさや空白の中に身を置く時間が要る、と続きます。慌ただしい毎日のなかで、その時間をどう持つか。練習の話でありながら、暮らし方の話でもありました。

講評について伺ったときの『その人の弱点を指摘するのは簡単かもしれませんが、発展性は小さい』という言葉も、強く心に残っています。先生が見ているのは、演奏者が自分で気づき、次の課題へ進んでいく力なのだと思います。

18歳で受けたコンクールの副賞で留学された、ハンガリーでの日々を『カルチャーショック』と振り返っておられました。厳しいながら、自分の弱点に気付かされる毎日だった、と。審査する側に回られた今も、その経験がまなざしの奥にあるのだろうと感じます。

マインハルト・プリンツ先生、お忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。

プリンツ先生

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