45年、北海道に響く子どもたちのピアノ ── 毎日こどもピアノコンクールが大切にしてきたもの

1982年から北海道で続く「毎日こどもピアノコンクール」。

全道各地の予選を経て、子どもたちが目指すのは札幌での本選だ。古典作品の課題曲に挑む厳格さと、低学年以下の全員に賞を贈る優しさが共存するこの大会には、子どもたちの挑戦を温かく見守るという理念が根付いている。

さらに今年は「5年に一度」の節目にもあたる。2027年1月11日・12日には、本選入賞者全員が出演できる『毎日こどもピアノコンクール45周年記念 特別コンサート』が、札幌コンサートホールKitara大ホールで開催される予定だ。

45年という長い時間のなかで、北海道のピアノ教育はどのように移り変わり、このコンクールは子どもたちの心に何を残そうとしてきたのか。主催する毎日新聞社北海道支社の草野和彦支社長に、お話を伺った。


取材・文:音楽コンクールガイド編集部

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<取材協力>


草野和彦|毎日新聞社北海道支社長

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目次

北海道に、全国への予選がなかった時代 ── 1982年、コンクールが生まれた理由

©毎日こどもピアノコンクール事務局

毎日こどもピアノコンクール(以下、毎コン)が誕生したのは1982年。毎日新聞社の創刊110周年を記念し、北海道ヤマハ会の協賛のもと全道9地区でスタートした。

その背景には、当時の北海道が置かれていた「音楽教育の環境」があった。

「創設当時、北海道のピアノ教育環境は首都圏と比べて決して高い水準とは言えませんでした。毎日新聞社が全国展開している『全日本学生音楽コンクール』においても、北海道は正式な予選地区として認められていなかった時代です」

全国へつながる正式な舞台がない。その状況を打破し、北海道の子どもたちに光を当てるために立ち上げられたのが毎コンだった。

大会はその後も広がっていく。第2回大会で連弾部門が加わり、第6回で中学生、第19回で高校生の部を新設。子どもたちの多様な成長段階に寄り添う構成へと育っていった。

「こうした取り組みは単なるコンクールの枠を超え、北海道の音楽文化そのものを育てる“土壌”として機能し続けています」と草野支社長は語る。

コンクールを、教育に活かす ── 若手指導者を審査席に

創設の根底には、「コンクールを教育に活かす」という明確な思想があった。

ヤマハ関係者や音大教授、指導者が議論を重ねた末に生まれたのが、若い地元指導者に積極的に審査へ関わってもらう仕組みだった。

「審査の現場では、若手とベテランの指導者が同席し、何を聴き、どのように評価するのかという視点を共有します。若手指導者はその中で学んだことを日々のレッスンへ還元し、地域全体のレベルの底上げにつなげていきます」

審査の場が、そのまま指導者の学びの場になる。草野支社長はこう続ける。

「この考え方は短期的な成果ではなく、『10年、20年先』を見据えた文化形成の戦略でもありました。この試みは確かな結果を生み出しています。北海道のピアノ水準は飛躍的に向上し、様々なコンクールの全国大会で上位入賞者を輩出するようになりました」

そして1997年、全日本学生音楽コンクールにおいて「北海道大会」が独立した地区予選として認可された。毎コンの創設から、15年後のことだった。毎コンで育った子どもたちに、次の舞台へと進む道が拓けたのである。

「現在、北海道のピアノ教育は全国でも高く評価されており、『音の美しさ』が特長として語られることも少なくありません。その背景には、常に学び続け進化する地元指導者の存在があります」

コンクールと指導者が両輪となって歩んできた45年という歴史が、いまの北海道の確かなピアノ水準を支えている。

曲の難易度ではなく、完成度 ── 「リトルピアニスト」へのまなざし

出場を検討している子どもの保護者や指導者に、ぜひ知っておいてほしいことがある。

毎コンは「難易度が高いコンクール」と見られることもあるが、実際には学年ごとに課題曲の難易度に幅が持たされており、比較的易しい曲であっても基礎力につながる選曲が徹底されている。そして審査は、選んだ曲の難易度ではなく、「完成度」を基準に行われる。

「指導者・保護者とともに一つの課題に真剣に向き合うひと夏の経験が、必ず大きな成長につながる──その教育観は創設時から変わっていません」

創設以来、一貫して重視されてきたのは「基礎力」と「音楽の原点」だ。選択曲も、子どもたちの個性を引き出しながら基礎力を養う構成になっている。

また、北海道の広大な地理条件を踏まえた「誰もが参加できる地域密着型のコンクール」という理念のもと、予選は全道各地で開催されている。「幼児期から音楽に親しむ機会の提供」と「地域格差の是正」は、創設時から変わらぬテーマだ。予選では、審査員から出演者全員にワンポイントアドバイスが寄せられる。

スタッフの間には、ひとつの共通認識があるという。

「舞台に立つ子どもたちは単なる出場者ではなく『リトルピアニスト』であるという共通認識のもと、スタッフは一人ひとりに愛情と敬意をもって接することを心がけています」

幼児から小学2年生までは、全員に賞が授与されるのも特徴だ。草野支社長はさらにこう続ける。

「『ピアノは楽しい』『また挑戦したい』と思えることが、すべての出発点だからです」

さらに、指導者への感謝を込めて「指導者賞」「優秀指導者賞」も設けられている。参加者の募集から予選の運営に至るまで、地元の楽器店から「共催に近い」協力を得ていることも、このコンクールの特徴の一つだ。

課題曲の選び方や、審査席で何を聴いているのかについては、続く【審査員編】で5人の審査員に語ってもらった。※2026年11月記事公開予定

変わり続けることを恐れない ── 現場の声が制度を動かす

45年続く大会でありながら、毎コンは「変わり続けること」を恐れない。特徴的なのは、現場の声を重視した柔軟な改革だ。

毎年、音楽教育に携わる指導者を中心に「当番審査員」を選任し、課題曲の選定から大会方針に至るまで丁寧に議論を重ねる。さらに大会後にはアンケートを実施し、実際に審査にあたった感想や意見、アイデアを寄せてもらう。

「それらを必ず次年度の当番審査会議に反映させることで、時代に即したコンクールへと常に進化を続けてきました」

その一例が今年度の変更だ。新たに中学・高校部門をA・Bに分け、参加者一人ひとりの状況に合った挑戦の形を選べるよう制度を見直している。

大ホールに立つ、という経験 ── 記念コンサートの原点

©毎日こどもピアノコンクール事務局

5年ごとに開かれる記念コンサートは、いまや毎コンを象徴する取り組みのひとつだ。その原点は2001年、20周年記念事業にさかのぼる。

札幌コンサートホールKitara大ホールで、当時17歳だったロシアの若手ピアニスト、ニコライ・トカレフのリサイタルとともに、金賞受賞者による演奏会が実施された。

「大ホールで演奏できるとは思わなかった」「一生の記念になった」

子どもたちのそうした声を聞いて、続く25周年では「全入賞者による大ホールでの記念演奏会」が企画された。

「今でこそ、子どもの大ホール演奏は珍しいことではなくなりましたが、当時は初の試みで『幼児や低学年には負担が大きいのではないか』という懸念の声も多く寄せられました。しかし結果として113組すべてが堂々とステージに立ち、見事な演奏を披露してくれました」

その光景について、草野支社長はこう説明する。

「私たちは子どもたちが持つ大きな可能性を目の当たりにしたのです。そして、緊張と期待の中で大舞台に立ち、演奏をやり遂げた経験は、子どもたちのその後の音楽人生に深く刻まれる原点となってくれると考えました」

以来、記念演奏会は5年ごとの恒例企画として定着した。第45回となる今年は、2日間で200名以上の出演が予定されている。かつて挑戦だった取り組みは、いまや確かな伝統として受け継がれている。

順位だけでは語りきれないもの

©毎日こどもピアノコンクール事務局

長い歴史のなかで、毎コンは数多くの物語を生んできた。

毎コン出身者が次のステージである全日本学生音楽コンクールへ挑戦し、参加者のなかにその名前を見つけたときの喜びは、主催者にとって特別な瞬間だという。さらに毎日新聞社とNHKが主催する若手ピアニストの登竜門「日本音楽コンクール」の上位入賞者も多く輩出するようになった。

しかし、草野支社長が挙げたのは、そうした華やかな成果だけではなかった。

「視覚に障がいのあるお子さんや特別支援学級に通う方などが参加し、堂々と演奏して本選に進んだ例もあります。音楽の持つ力と可能性を改めて実感させられる場面でした」

そして、こう続ける。

「劇的な成長を遂げる子どももいれば、あと一歩のところで結果が出ず、それでも挑戦を続けて最後に大きな成果をつかむ子どももいます。それぞれの歩みには、順位だけでは語りきれない価値があります。その物語がこのコンクールの大きな財産となっています」

大会が終わると、子どもたちや保護者から数多くの言葉が寄せられる。

「初めて人前で弾いたのが毎コンでした」
「また演奏を聴いてもらえる日が来ますように」
「支えてくれた先生や家族と一緒に受賞できたと思います」

なかには、こんな声もあった。

「高校3年の出場者から『10年間たいへんお世話になりました。たくさんの思い出をありがとうございました』と言われたこともありました。幼児期から参加し、高校最後のステージを迎える子どもの姿にはいつも胸が熱くなります」

才能の選別ではなく、可能性を信じ続けること

©毎日こどもピアノコンクール事務局

最後に、子どもたちにとってコンクールがどんな存在であってほしいか、このコンクールに何を託しているのかを尋ねた。

「主催者がこのコンクールに託しているのは、子どもたちの単なる技術向上ではなく、人としての成長です。『人生の糧』となる経験であってほしいと願っています。一つのことに打ち込む力、支えてくれる人への感謝、そして音楽を生涯の友とする心——それらを育む場であり続けたいと考えています」

やがて参加者のなかから、次のステージへと羽ばたき、より大きな舞台に立つ子どもも出てくるだろう。しかし何より尊いのは、ピアノを通じて得た経験が、それぞれの歩む人生のなかで力強く生き続けることだ。

「北海道という地で始まった毎コンは、いまや人を育て、文化を紡ぐ存在へと成長しました。このコンクールの役割は、才能の選別ではなく、一人ひとりの可能性を信じ続けることです。その先にあるのは、音楽を通じて広がる、より豊かな社会の姿にほかなりません」

コンクールを「人生の糧」に、そして音楽を「生涯の友」にしてほしい──。草野支社長のその静かで熱い願いは、これからも北海道の子どもたちを優しく見守り、豊かな未来へと導く光であり続けるだろう。

2027年1月、Kitara大ホールに200名以上の子どもたちが立つ。
この夏、編集部が本選の客席で耳にした瑞々しいピアノの音色が、次はもっと大きな舞台で、誇らしく響き渡るはずだ。これからの北海道の音楽文化を担うリトルピアニストたちが、夢の大舞台で花開く日。あなたも会場へ足を運び、その特別な瞬間に立ち会ってみてはいかがだろうか。

毎日こどもピアノコンクール45周年記念 特別コンサート情報

©毎日こどもピアノコンクール事務局

毎日こどもピアノコンクール45周年記念 特別コンサート
2027年1月11日(月・祝)・12日(火)/札幌コンサートホールKitara 大ホール
本選入賞者全員に出演の機会が設けられている。
※受賞記念コンサート(毎日新聞社主催の道内3大会合同公演。金賞・銀賞〈連弾は最優秀賞・優秀賞〉の受賞者が出演)は2027年3月13日(土)、Kitara小ホールにて開催予定。

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