「ショパン」という名前を前に、少しだけ肩に力が入ってしまう人も多いのではないだろうか。募集要項を見るたび、あの偉大な作曲家の名前がプレッシャーになり、「自分なんて」「うちの子にはまだ早いのではないか」と迷ってしまうかもしれない。
2026年8月26日(水)、第28回ショパン国際ピアノコンクール in ASIA の応募が始まる。これに合わせて、「出場を迷っている人に、安心して判断できる材料を届けたい!」そんな思いから、私たちはコンクール事務局に公式インタビューをしてお話を伺った。
そこで見えてきたのは、コンクールの名前から想像するよりも「ずっと広く開かれた扉」と、参加者一人ひとりの事情に寄り添う「優しく、よく考えられた仕組み」だった。
この秋、ピアノに向かうあなたへ。そして、わが子を見守るご家族へ。出場を決断するための「道しるべ」をお届けする。
取材・文:音楽コンクールガイド編集部
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取材協力:ショパン国際ピアノコンクール in ASIA 組織委員会(事務局)
日頃の練習曲で挑戦できる ── 「ショパンしか弾けない」という誤解を解く
まず最初に、多くの人が抱きがちな誤解を解いておきたい。「ショパンコンクールというからには、ショパンの難しい曲が弾けないと出られないのではないか」という不安だ。この問いに対する事務局の答えはとても明快だった。
「実は、小学生部門の課題曲にはブルグミュラーなど日常のレッスンで親しまれている曲も入っています。コンチェルト部門には『ちょうちょう』や『さくら』といった日本の童謡をアレンジした楽曲もあるんですよ」
つまり、コンクールのためにわざわざ難解な大曲を一から習得する必要はない。普段のピアノ教室で練習している慣れ親しんだ曲のまま、日頃の成果を試す舞台として第一歩を踏み出せるのだ。
部門の構成を見ても、あらゆる人に扉が開かれていることが分かる。カテゴリーは「ソロ」「コンチェルト」「ショパニスト」「プロフェッショナル」の4つ。幼児から大人まで約19の部門があり、今の自分にぴったりのステップを選んで参加できるのが、このコンクールの大きな特徴と言える。
それでも、「まわりのレベルが高すぎるのでは…」と気後れしてしまうなら、事前に「下見」をしてみるのがおすすめだ。過去の上位入賞者(動画審査)の演奏は公式YouTubeで視聴でき、全国各地で行われる地区大会のホール審査も、今年は無料で一般公開される予定である。
自分と同じくらいの年齢の子どもたちがどんな表情でステージに立っているのか、会場の温かい雰囲気を直接確かめてみるのもおすすめ。「これなら、自分も(うちの子も)出られるかもしれない」と、挑戦へのワクワク感がきっと膨らんでいくはずだ。
動画とホールの「いいとこ取り」 ── 努力を無駄にしない仕組み
今回の取材でぜひ皆さんに強くお伝えしたいと感じたのが、「ホール審査」と「動画審査」の柔軟な仕組みだ。
このコンクールの地区大会は、「ホールでの演奏」と「動画の提出」のどちらでも受けることができる。ここまでは要項通りだが、多くの人が誤解しているのは「その先」である。
「『地区大会を動画で受けたら、その次も動画じゃなきゃいけない』と思っている方が多いのですが、そうではありません」と事務局は明かす。
「地区大会で通過した方式にかかわらず、次のステージはホールと動画、どちらでもあらためて選べる形になっています」
つまり、最初の選択に縛られることはない。しかも、ホール審査の先にある「全国・アジア大会」と、動画審査の先にある「オンライン決勝大会」は、審査員も表彰もまったく別の、独立した大会だ。両方に申し込むことも可能で、両方で受賞する人もいるそうだ。
国内外の第一線で活躍する著名な教授・演奏家がずらりと名を連ねる、圧倒的な審査員陣の層の厚さと規模の大きさも、本コンクールが誇る大きな魅力の一つと言える。
※プロフェッショナル部門・コンチェルト部門にオンライン決勝大会はなし。ショパニストコンチェルトA部門は地区大会が動画審査のみ(通過するとアジア大会へ)
【動画審査】を賢く使う3つのヒント
では、この仕組みをどう活用すればいいのだろうか。事務局の言葉に大きなヒントがあった。
- 体調不良や行事の「保険」として
「特に小さなお子様の場合、風邪などでホール審査に参加できないことがあります。そうすると、その年の挑戦がそこで終わってしまう。でも、あらかじめ動画審査にも申し込んでおけば、そこで通過する可能性があります」と、教えてくれた。『練習してきたことが無駄にならない』ための保険としても、動画審査を活用できるという。 - 初めてのコンクールの「腕試し」として
「いきなりステージで弾くのはまだ怖い」という初挑戦の子どもが、まずは時間や場所を気にせず動画で腕試し。手応えがあれば次はホールへ挑戦する、というステップアップも大歓迎だという。 - 併願申込なら「講評」が複数回もらえる
地区大会は、ホール審査でも動画審査でも、参加者全員に審査員の講評が郵送される(オンライン決勝大会も同様。ただし全国大会・アジア大会には、個別の講評はない)。
ここで効いてくるのが併願だ。ホールと動画の両方に申し込むと、先に受けたほうで通過が決まった時点で、もう一方は審査の対象から外れる。それでも会場で演奏すれば(動画なら提出すれば)講評は届く。通過するにしろしないにしろ、講評は絶対もらえるので、別々の審査員から講評を受け取れるというのは大きなメリットと言える。
※地区大会は、ホール審査と動画審査を合わせて合計3カ所まで申し込むことが可能
モデルケース1
モデルケース2
※注意点:地区大会でホールと動画の両方を受けたい(動画を保険にしたい)場合、申込期間中にホールと動画の両方に申し込む必要がある(後からの追加も可。ただし申込期間中に追加すること)。
※オンライン決勝大会があるのは、ソロ部門とショパニストソロ部門のみ。プロフェッショナル部門とコンチェルト部門は、地区大会を動画で通過した場合も、その先はホール審査(全国大会・アジア大会)に進むことになる。なお、ショパニストコンチェルトA部門だけは地区大会が動画審査のみで、通過するとアジア大会(ホール)に直行する。
あなたの入り口はここ ── ぴったりな部門の選び方
約19の部門からどれを選べばいいのか迷ったら、基本は「自分の年齢・学年に沿った部門」を選べば間違いないという。ただし、「小学1・2年生が小学5・6年生の部門へ」といった飛び級への挑戦も認められている。
そして今年、中学生にとって興味深い選択肢が増えた。「中学生部門」とは別に、新しく「ショパニストⅠ部門」への参加が可能になったのだ。
ショパニスト部門とは、ピアノを専門とする学生以外の、一般の愛好家のための部門である。「あくまで趣味でピアノを楽しんでいる方に、プレッシャーを感じずに出ていただきたい」という思いから設けられたと事務局が明かしてくれた。
どちらを選ぶかの基準はとてもシンプルだ。
・中学生部門:バラードやスケルツォなど、ある程度長さのある課題曲(全国大会ではバッハやショパンのエチュードも必要)にしっかりと挑戦したい方向け。
・ショパニストⅠ部門:4分30秒程度までの自分の好きな曲(自由曲・複数も可)で参加したい方向け。
ショパニスト部門では、ワルツやマズルカなど、自分の思い出のある曲を1曲だけ心を込めて弾く参加者も多いそうだ。55歳以上を対象とした部門もあり、長くピアノと付き合ってきた大人にも、温かい入り口が開かれている。
世界基準の緊張感 ── 2年に1度の「プロフェッショナル部門」
少し視点を変えて、本コンクール最上位の部門についても触れておこう。2026年の第28回大会は、2年に1度開催される「プロフェッショナル部門」の開催年にあたる。
この部門は、本場ワルシャワのショパン国際ピアノコンクールへと直接つながる重要なステップだ。課題曲も、ソナタやコンチェルトなど、ワルシャワ本大会で必ず問われるレパートリーが中心となる。
・2次審査:マズルカとソナタ
・翌日:ポーランドから招いた弦楽四重奏とのリハーサル
・翌々日:コンチェルト本番
この過密なスケジュールも、カメラや取材に囲まれながらメンタルを調整しなければならない「本場」の環境を意識して組まれているという。日本にいながら、国際コンクールの厳しさと空気を体験できる貴重な機会だ。
ポーランドの審査員が探しているのは、単に「その日一番うまく弾けた人」ではない。事務局への取材の中で、審査員から聞いたという印象的な言葉を明かしてくれた。
「ワルシャワのショパンコンクールでは、『入賞したその日から、プロとして世界ツアーに出て活躍できる準備ができている人』を探しているとおっしゃっていました。だからこそ先生方は、奏者の過去の挑戦や成長のプロセスもすごくよく覚えているんです」
一度きりの評価で終わるわけではない。過去の積み重ねが見られているからこそ、挑戦には大きな意味がある。さらに事務局はこう続けた。
「仮に今回は不本意な結果だったとしても、決して無駄にはなりません。次に聴いていただく時に『自分はこれだけ成長した』とアピールできる絶好のチャンスにもなります」
審査員と接するチャンスはステージ上だけではない。プロフェッショナル部門では、最終審査のあとに参加者と審査員が同じ場に集う「懇親の場」が、これまで設けられてきた。演奏について審査員から対面で直接フィードバックを受けたり、顔や名前を覚えてもらえたりする貴重な機会だ。ここで交わす言葉が、やがて世界へ羽ばたくためのきっかけになることもあるかもしれない。
挑戦の先へ続く「線」 ── 賞状で終わらない育成プログラム
このコンクールの賞は、単に「賞状をもらって終わり」ではない。挑戦したその先で、さらに演奏を磨き、世界へと視野を広げるためのプログラムが「点ではなく線」として用意されている。
まずは国内で体験 ── 海外教授陣による「副賞レッスン」
ソリスト賞・コンチェルト賞の副賞は、「外国人教授によるレッスン無料受講権」か「ピアニスト用ルームシューズ」のいずれかを選ぶ形になっている。レッスンを選べば、ポーランドをはじめとするヨーロッパの教授陣によるレッスンを無料(一部教授は対象外)で受講できる。
「海外の有名な先生のレッスンなんて……」と身構える必要はない。受講した人の多くが「もっと早く受ければよかった!」と声を揃えるという。
「厳しいダメ出しではなく、先生が一緒に歌ってくれたり、日々の練習のポイントを優しく教えてくれたりと、とても有意義な時間になります。レッスンのはじめと終わりでは、音の聴き方が見違えるほど変わる方もいらっしゃいます」と事務局は語る。日本にいながら本場の指導に触れられる、貴重なステップだ。なお、レッスンの開催地は全国各地を予定しているが、受講時の旅費は自己負担となる。
本場ポーランドへ羽ばたく ── 2つの「特別賞」
さらにその先には、本国ポーランドへと直接つながる特別な賞が用意されている。
・NIFC賞(ポーランド国立ショパン研究所賞)
ワルシャワのショパン国際ピアノコンクールを主催する大元機関(NIFC)から贈られる賞。受賞者はマスタークラス受講料が免除されるほか、ショパンの生家で開かれるソロリサイタルへの出演権が得られる。渡航費・宿泊費も支給され、「ショパンコンクールとほぼイコールの場所とつながれる、非常に貴重な機会です」と事務局も胸を張る。第28回の対象はプロフェッショナル部門(最終審査)で、審査結果によっては他部門の入賞者に授与される場合もある。
・IPMカトヴィツェ賞
名門シマノフスキ音楽院(カトヴィツェ音楽院)が提供する賞。現地の「カトヴィツェ国際ピアノマスタークラス」に受講料免除で参加でき、期間中の宿泊費もサポートされる(渡航費は除く)。第28回の対象は高校生部門・大学生部門で、いずれかの部門から1名が選ばれる。
ポーランドで学び、現地で大きく成長した受賞者たちの体験レポートは、写真つきで公式サイトに公開されている。「読んでいるこちらまでワクワクしてくるんです」と事務局が語る通り、先輩たちの生き生きとした言葉からは、賞のその先で待っている「新しい景色」が具体的に見えてくるはずだ。
特別賞(NIFC賞・IPMカトヴィツェ賞) 受賞者によるレポート
1つの応募から始まり、レッスンを受け、やがてポーランド留学や新しい師弟の縁へとつながっていく。このコンクールは、点ではなく「線」として、参加者の未来を描く伴走者となってくれる。
その一歩の先に、新しい景色が待っている
今回のインタビューを通して強く伝わってきたのは、長年にわたり舞台を支え続けてきた事務局の方々の「温かい志」だった。
「ご家族や周りのサポートのもと、本番のその瞬間に最高のパフォーマンスができるよう環境を整えるのが、私たちの役目なんです」
そう語る言葉の端々からは、単なるコンクールの運営者としてではなく、参加者とそれを支える家族のストーリーにどこまでも寄り添おうとする姿勢が伝わってきた。
そしてインタビューの最後に、出場を迷っている人へ向けて、事務局から温かくも真っ直ぐなメッセージが送られた。
「コンクールである以上、どうしても順位や結果はついてしまいます。けれど、それは決してすべてではありません。一つの結果に一喜一憂するのではなく、長い目で見て『昨日の自分から、未来の自分がどう成長していくか』に重きを置いて挑戦していただけたら、とても嬉しいです」
技術の巧みさだけでなく、自分だけの表現というフィルターを通した「ショパンらしさ」に出会える瞬間を、事務局も審査員も心から楽しみに待っている。
コンクールは結果がすべてではない。この秋、順位に気負うことなく、今の自分を超える「新しい景色」を見に行ってみてはいかがだろうか。ステージの上の数分間の向こうには、思っているよりもずっと優しく、広がりのある道が続いている。
◆申込前のチェックリスト&手順
【申込期間】
・2026年8月26日(水)17:00 〜 9月16日(水)正午まで
・※締切後の受付は一切不可。「もう少し練習してから…」と思わず、早めの手続きを!人気の会場(東京など)は受付初日〜数日で定員に達することもあるため注意が必要だ。
【手続きのポイント】
・申し込みは専用の「オンライン申し込みページ」から。アカウントは毎年新規登録が必要となる。
・支払いはクレジットカード、デビットカード、プリペイドカード決済のみ。
・「動画審査」を保険として利用する場合は、申込期間中にホールと動画の両方に申し込む(後からの追加も可。ただし申込期間中に追加すること)。
・地区大会の具体的な当日スケジュールは、開催の約2週間前に確定する。そのため、複数日にわたって開催する地区大会に申し込む際は、「すべての審査日に参加できる」地区を選択しなければならない。
▶ 公式申込ページ ※8/26 17時より公式サイトの「オンライン申し込みページ」にて受付開始(申込ページは16時過ぎに公開予定)
【公式】ショパン国際ピアノコンクール in ASIA とは?|コンクール紹介動画
※本ページと開催要項の内容が異なる場合には、開催要項の内容が優先されます。





