有森博が語る、心に残る演奏の条件 / 審査員席からのエール:第20回フレッシュ横浜音楽コンクールを終えて

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ピアニストで東京藝術大学教授の有森博さん。モスクワでの研鑽を経て、ラフマニノフのピアノ作品全曲演奏会、プロコフィエフのピアノソナタ全曲演奏会を成し遂げるなど、ロシア音楽のエキスパートとして高い評価を受けています。

2026年8月に開催された第20回フレッシュ横浜音楽コンクールでは、A・B・C・D部門および連弾A・連弾B部門の審査を担当。審査の視点や心に残る演奏の条件、そしてこれからコンクールに挑戦する方々へのメッセージを伺いました。


取材・文|編集部

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プロフィール

有森先生

有森 博(ありもり ひろし)Hiroshi Arimori
公式サイト:arimori.info

東京藝術大学教授/大阪音楽大学特任教授

略歴:1992年東京藝術大学大学院修了。その後モスクワにて研鑽を積み現在に至る。これまでに野上登志子、水本雄三、小林仁、ナターリャ・スースロワの各氏に師事。

【コンクール歴】
1990年 第12回ショパン国際ピアノコンクール 最優秀演奏賞
1991年 岡山県芸術顕彰 受賞
1992年 第5回シドニー国際ピアノコンクール 第4位
1994年 第10回チャイコフスキー国際コンクール ピアノ部門 入賞

【ロシア音楽のエキスパートとして】
1996年から2000年にかけてラフマニノフのピアノ作品全曲演奏会、2001年にプロコフィエフのピアノソナタ全曲演奏会を成し遂げ、ロシア音楽のエキスパートとして高い評価を受ける。現在も「ロシアの玉手箱」をはじめ、ロシア及び旧ソ連邦の作品による各種リサイタルシリーズを開催中。

【協演・録音】
1995年、2001年に小澤征爾指揮 新日本フィルと協演。2004年には小澤征爾指揮サイトウキネンオーケストラのメンバーとしてヨーロッパ6カ国ツアー及び日本公演に参加。国内外の主要オーケストラ、著名指揮者との協演を重ねる。ソロアルバムは19枚がリリースされ、「展覧会の絵」「メトネルの時間」など、その多くが特選盤に推薦されている。現在、カバレフスキーとラフマニノフの全曲録音が進行中。

第20回フレッシュ横浜音楽コンクールを終えて

有森先生
撮影:大竹直樹

──第20回フレッシュ横浜音楽コンクールで審査を担当されたご感想と、全体としての印象をお聞かせください。

有森
連弾部門は、コンクールということを関係なくしてくれる楽しさがありました。各部門のソロの演奏はよく考えられた選曲と表現で、どの部門も一定の水準の高さを感じました。

衣装も、曲に合わせた色や、連弾でお揃いにするなど、音楽を引き立てる素敵なアイディアがあり、ほのぼのとした気持ちになりました。

──どのような点を重視して審査されましたか?

有森
技術的に安定しているに越したことはないのですが、その子が音楽作りにおいて注目していることは何か、何を大切にし、どこに反応して表現しているのか。その子の人間ウォッチングをするような感覚で音楽を聴いていました。

──フレッシュ横浜音楽コンクールは自由曲での演奏が特徴です。自由曲を審査される際、特に注目される点はありますか?

有森
自由曲では、選曲の面白いものや珍しい曲を、とても興味を持って聴かせていただきました。

あくまで演奏の内容で評価をしましたので、選曲だけでどうこうということはありません。ただ、その子に合う合わないみたいなものは時々感じて、別の曲ならどう弾いたかな〜と、ちらっと思ったりはしました。

──「演奏が上手い」だけでは届かない、聴き手や審査員の心に残る演奏とはどういうものでしょうか。

有森先生
撮影:大竹直樹

有森
隅から隅まで入念に教え込まれて作られたもので固めるのではなく、そこを飛び越えて、その人らしさが自然に滲み出てくる。作為的なものがない素の姿が見えた時に、その人の人間らしさに感激し、心に残るのだと思います。

──本番で自分の力を出し切るために、日々どのような意識や練習を心がけてほしいとお考えですか。

有森
まずは技術的な不安要素を取り除くために、譜読みの時に丁寧に解決しながら読み進めていくことが大事だと思います。具体的な一例としては、自分に合う指遣いをどうするか考えること、良い響きになる和音を掴む感覚を探すこと。そうしたことを落ち着いてやることです。

曲の解釈はいろいろで良いと思いますが、楽譜に何が書いてあるかを面倒くさがらず、むしろ興味を持って読み解くようにしていく。そのことで音楽が深まるきっかけになると思います。取り組む曲についてどれだけ考えることがあるかで深みが増し、いざという時に自分の力を発揮できることにつながると思います。

──先生ご自身も、ショパン国際ピアノコンクールやチャイコフスキー国際コンクールをはじめ、世界の第一線のコンクールに挑戦してこられました。その経験は、音楽家としてのキャリアにどのような影響がありましたか。

有森
コンクールといえばショパンとチャイコフスキーでしたから、オリンピックに出るような夢を見ながら準備をする日々が、とても素晴らしい時間でした。その経験は自分の中の眠っていた音楽の豊かさを目覚めさせ、さらに高みにのぼっていこうという情熱を増してくれました。

そして、自分でも思いもよらない土壇場でのエネルギーの迸りを感じとることができました。自分はまだまだいけるのだという底なしに前向きな気持ちを維持できたことが、今の音楽に対する根底にあるエネルギーの中でも大きな一つとなっています。

コンクールは、結果によって世に出る大きなチャンスになりますし、年齢的にも限られた期間しか出られません。ですから、コンクールをうまく利用してどんどん挑戦し、自分を成長させていけるように頑張ったら良いと思っています。

自分も世に出るきっかけをたくさんいただきましたが、必ずしも良い結果ばかりではありません。結果の良し悪しに振り回されて、音楽の表面的なことや周りの評判ばかりが気になってしまうと、自分の中身が気付かないうちに薄っぺらくなり、自分らしさを見失うことにもなります。そこは気をつけてほしいと思います。

──ロシア音楽への深い取り組みは、演奏やお考えにどのように息づいているとお感じになりますか。

有森先生

有森
コンクールを受けながらそれなりの成果もあげ、順調に演奏活動をする中で、ずっとこのままで本当に良いのだろうか?という疑問が自分の中で湧いてきました。周りに振り回されず一生ブレずに弾き続けられる確固たるものが必要だと考え、モスクワで勉強をする決断をしました。

ロシアでの勉強は、それまでの日本で受けてきた教育とは段違いに厳しく、研ぎ澄まされた世界でした。この時間がなかったら、とっくにピアノに飽きていたような気がします。

音色をどうやって自分の中に豊富に持てるようにしていけば良いのか。そこが具体的になったことで、楽譜の読み取り方が無限に広がりました。今も充実して、自分で切り開いていけることに繋がっています。

──ご自身のご経験は、審査の際にどのように活かされていますか。講評を書く際に心がけていることもお聞かせください。

有森
講評を書くというのは、欠点を見つけ出して並び立てることを、ついやってしまいがちです。でも、できるだけその子の特徴や良いところはどこにあるだろうか?と考えながら演奏を聴いて、その点について書き留めることにしています。

その上で、ちょっとこうした方がいいかなということがあれば、添えておく。そのくらいの感じで書くように心がけています。自分のどういうところが良いところなのかを自分で気づいて、自信にして伸びていってくれたら良いなと思います。

──フレッシュ横浜音楽コンクールの特徴や強みは、どのような点にあるとお考えですか。

有森先生:控室
左より杉本安子先生、中野孝紀先生、有森博先生、吉田純先生(横浜音楽振興会代表)

有森
コンクールの雰囲気に、温かく見守られるような優しさがあるところだと思います。権威を強調した厳しい雰囲気の中で音楽をするのは、とてもしんどいものです。このコンクールは気軽に、でも日頃の成果を披露するための適度な緊張感があり、程よく真剣に、何度でも挑戦しようと思える。そういう位置付けがなされているところが、最大の特徴であり強みではないかと感じています。

──参加を検討している方、また音楽を志すすべての方へ、最後にメッセージをお願いします。

有森
コンクールという目標を持って曲を仕上げていく時間は、自分の中が活性化されて貴重な積み重ねができます。結果は良かったり悪かったりあると思いますが、それはその時のこととして、一つの本番に臨むような、演奏会に出るように考えて、あれこれ工夫しながら楽しんでもらえたら良いなと思います。

有森博 information

今後の演奏活動につきましては、公式ホームページをご覧ください。

インタビューを終えて──編集後記

審査する側は、どんな目で客席に座っているのか。

「その子の人間ウォッチングをするような感覚で」という有森先生のお話に、はっとさせられました。技術の安定を前提としたうえで、何を大切にし、どこに反応して表現しているのか…見られているのは音だけではないのだと気づかされます。

とりわけ印象に残ったのは、講評についてのお話でした。良いところはどこにあるだろうかと考えながら聴いて、その点を書き留める。「自分のどういうところが良いところなのかを自分で気づいて、自信にして伸びていってくれたら良いな」。審査員席から若い演奏者を見つめる眼差しが、そこにありました。

結果の良し悪しに振り回されて、自分らしさを見失わないように。世界の第一線で戦ってこられた方の言葉だからこそ、深く響きます。

有森博先生、ご多用のなか貴重なお話をありがとうございました。

有森先生・控室
左より杉本安子先生、中野孝紀先生、有森博先生

第20回フレッシュ横浜音楽コンクールの概要は下記よりご覧ください

第20回フレッシュ横浜音楽コンクールの結果は下記よりご覧ください