2026年7月24日(金)〜26日(日)、第一生命ホール(東京都中央区)で開催された「第8回東京国際合唱コンクール in HARUMI」において総合グランプリを受賞された泰雅學堂青年合唱團。台湾・タイヤル族の文化を根に活動する若者たちの合唱団で、ユース部門と現代音楽部門でいずれも最高得点を記録し、最優秀指揮者賞を含む6つの賞に輝きました。今回は同コンクールをはじめ、これから音楽コンクールに挑戦する方に向けて、指揮者と団員の皆さんにお話を伺いました。
取材・文|編集部
自分にピッタリな音楽コンクールが見つかる!国内外の音楽コンクール情報や結果まとめをわかりやすくご紹介し、次世代の音楽家や音楽ファンの皆様に寄り添います。
プロフィール
泰雅學堂青年合唱團(The Youth Choir of The Unique Atayal College)
台湾
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2023年9月9日設立。団員の多くは、幼いころから泰雅學堂の青少年合唱団でともに学び育った仲間たち。高校・大学への進学で台湾各地に散らばり、一緒に歌う機会は大きく減ったが、合唱を愛した日々を忘れた者はいなかった。2023年9月、泰雅學堂の1期生である指揮者ブシャル・マクスが故郷に戻り、高校生・大学生を慣れ親しんだ学びの場に呼び戻して結成した。
専属作曲家 Syat Pawang(錢樵)によるタイヤル語の作品を舞台で歌い続け、タイヤル文化を根に、族語・伝統歌謡・現代の合唱創作を通して、文化の継承と現代音楽の新たな可能性を探っている。
主な受賞歴
第6回台北国際合唱コンクール(2024年) フォークロア部門 金賞、ユース部門 金賞(部門1位)、グランプリ進出
第9回シンガポール国際合唱祭(2025年) ユース部門 金賞(部門1位)、宗教音楽部門 金賞(部門2位)
第7回台北国際合唱コンクール(2025年) 混声部門 金賞、宗教音楽部門 金賞、グランプリ進出
第8回東京国際合唱コンクール in HARUMI(2026年) 総合グランプリ、ユース部門 金賞(部門1位)、現代音楽部門 金賞(部門1位)、最優秀ルネサンス音楽演奏解釈賞、最優秀課題曲演奏賞(現代音楽部門)、最優秀指揮者賞
写真提供:東京国際合唱コンクール実行委員会
指揮者:ブシャル・マクス(Bsyal Makus)/徐惟遠(Wei-Yuan Hsu)
台湾・新竹県尖石郷出身のタイヤル族。泰雅學堂青年合唱團、泰雅之聲合唱團、台北室内女声合唱団の指揮者を務め、新竹高校合唱団、五峰国中合唱団を指導する。幼いころから歌が好きで泰雅學堂の合唱団で育ち、故郷へ戻って学堂の教員となる。国立台北教育大学声楽科卒業、崔勝震氏に師事。現在、輔仁大学大学院音楽研究科 合唱指揮専攻で古育仲氏に師事。
2021年、アルバム《木色III—愛的禮讚》の録音にソリストとして参加。同作は第32回伝芸金曲奨で最優秀芸術音楽アルバム賞を受賞した。2019年には木樓合唱團とともに米国合唱指揮者協会の招きで米カンザスシティ公演に参加。
「五尖文件站」を立ち上げ、タイヤル族の歌謡や古調の採集・記録・研究を続けるとともに、若い世代が部落の文化に親しむ場を育てている。合唱の中でタイヤル語と伝統歌謡と現代の合唱を対話させ、現代のタイヤル族の声を探っている。
撮影:周大任
第8回東京国際合唱コンクール in HARUMI を終えて
──総合グランプリおめでとうございます!発表された瞬間のお気持ち、そしていちばん心に残っている場面を教えてください。
Lahang Qesu’(団長)
グランプリで私たちの名前が読み上げられたとき、頭が真っ白になりました。発表する方が、私たちの言葉で名前を読み上げてくださったんです。驚いたし、信じられない気持ちでした。
Syat Pawang(専属作曲家)
今回は一度に6つの賞をいただきました。ユース部門の1位以外は、どれも予想していなかったものです。だから指揮者と一緒にステージで受賞を聞いたとき、二人とも聞き間違いじゃないかと疑っていました。いちばん忘れられないのは「Grand Prix goes to 泰雅學堂青年合唱團」と聞こえた瞬間です。指揮者は天に飛び上がるほど喜んで、私は信じられなくて床に突っ伏してしまい、しばらく興奮が収まりませんでした。
Syat Kaman(団員)
いただけるはずの賞はもうだいたいいただいたし、これで終わりだと思っていました。そうしたら、総合プロデューサー・芸術監督の松下耕先生が流暢な中国語で「泰雅學堂青年合唱團」と、総合グランプリを読み上げてくださったんです! その瞬間、涙がまったく止まらなくなって、胸が少し痛むほど気持ちが高ぶりました。ここしばらくの重圧も疲れも、団名を聞いた瞬間に本当に全部消えてしまいました。
涙を拭いて、しっかり抱き合っている仲間たちを見回したとき、ふと過去のコンクールが終わったときの気持ちを思い出しました。でも今回は、本当にまったく違ったんです。
Kolas Isa(団員)
とても信じられませんでした。あの日から何週間も経った今でも、自分たちの団が優勝と発表されたことが夢のようです。受賞したとき、心にあったのは高揚と誇りと嬉しさだけでした。隣にいる歌い手たちは、私にとって大切な友人でもあります。こんなにたくさんの友人と、この晴れやかな瞬間を分かち合えたことを幸せに思います。
Wagi Hayung(団員)
私にとっていちばん忘れられないのは、ステージで受賞が発表されたその一秒です。みんな信じられなくて、聞き間違いかと疑って、お互いに確かめ合ってから、すぐに抱き合って泣きながら叫んでいました。あのときの抱擁には、嬉しさと一緒に、ここまでの道のりで互いに分かり合ってきた歯を食いしばる苦しさや、自分を疑った時間も全部詰まっていました。最後にステージでトロフィーを受け取って、音叉をかたどったその重みを手に感じたとき、ようやく優勝したんだという実感が湧きました。
──このコンクールに挑戦しようと思われた理由を教えてください。
Sihugu Maljaljaves(Pei-Yi Lu/マネージャー)
団として、もっと海外に出て、いろいろな合唱団と交流し学びたいという思いがありました。コンクールは、自分たちが早く成長できる場であると同時に、世界各地の団体を一度にたくさん見られる機会でもあります。日本は台湾から比較的近く、気候や時差で団員の体調に大きく響く心配も少ない。それに団員の多くはまだ学生なので、7月の夏休みの時期のコンクールは、合宿で練習を重ねてから参加するのに都合がよかったんです。
──ユース部門と現代音楽部門の2部門に出場されました。それぞれの自由曲に何を選び、どんな考えで選ばれたのでしょうか。
ブシャル・マクス(指揮者)
ユース部門の自由曲には、ブレイク・モーガン編曲の〈Shall We Gather at the River〉を選びました。現代音楽部門は、専属作曲家 Syat Pawang による〈yasa tnaq〉と、ジェイコブ・コリアーの〈World O World〉です。
理由はいろいろあります。この2年間コンクールに出てきて気づいたのは、アジアではリズムの複雑な曲や、音量で大きく聴かせる解釈を選ぶ団体が多いということでした。歌い手の技術がとても試されるからです。でも私は直感的に、〈Shall We Gather at the River〉と〈World O World〉をプログラムの最後に置けば、ほかの団体とはまったく違うものになると思いました。どちらもリズムで挑むのではなく、繊細な歌詞と、多声部が重なる和声で挑む曲です。審査員の方に、少し特別な団だと感じていただけるかもしれない、と。
〈yasa tnaq〉は、私たちだけの言葉であるタイヤル語の曲で、それをジャズの語法で歌います。今回のコンクールのいちばんの聴かせどころだったと思います。
──パレストリーナの〈Sicut Cervus〉で最優秀ルネサンス音楽演奏解釈賞を受賞されました。この作品にどのように取り組まれましたか。
ブシャル・マクス(指揮者)
ユース部門ではルネサンス期の作品が指定されていて、〈Sicut Cervus〉を選んだのは、もっとも有名な4声のモテットのひとつで、歌詞も複雑でなく、若い団員にとって比較的取り組みやすいからです。今回は光栄なことに、台湾の翁佳芬先生にご指導いただき、当時の音楽様式や歌唱技術を生き生きと学ぶことができました。
一方で、去年のシンガポールのコンクールでの経験があります。ある審査員の方が「音楽は時代とともに、人々の耳の好みを変えていくものだ」とおっしゃったんです。今の時代、ヴィブラートは生命力の象徴だと。ところがルネサンスの様式は、たいていヴィブラートをかなり嫌います。それでも私はどうしても、ある種のフレーズや歌詞は、私たちが歌うなら少しヴィブラートをかけたほうが音楽が流れる、と感じていました。そのうえで、各声部の対位法、音色の統一、終止形の扱いを徹底的に練習しました。それが審査員の方々の心に届いたのかもしれません。
──現代音楽部門の課題曲、モニカ・ナスティの〈YOU ARE A STAR!-STELLA ES!〉では最優秀課題曲演奏賞を受賞されています。この曲に取り組んでみて、いかがでしたか。
ブシャル・マクス(指揮者)
〈YOU ARE A STAR!-STELLA ES!〉は、団員の多くにとってかなり驚きのある曲だったと思います。ひとつは、課題曲なのでインターネット上に録音がほとんどなく、どんな解釈でコンクールに臨めばいいのか参考にしにくかったこと。もうひとつは、英語とラテン語が交互に出てくる曲だということです。言語の経験が限られている若い団員には音色を切り替えるのが難しく、歌っていると二重人格みたいな気分になるんです! 音楽のスタイルがなかなかつかめませんでした。でも、歌詞の発音と意味を音楽に落とし込んでみたら、思いがけず、本当に心を動かす曲でした。
──ユース部門の課題曲は、茨城県のわらべうたを素材にした池辺晋一郎の〈大王のお猿さん〉でした。団員の皆さんにとってなじみのない日本語で歌うために、どのような準備をされましたか。
ブシャル・マクス(指揮者)
今回は声楽家の賴珏妤先生に日本語の発音を見ていただき、歌唱上の発音の問題がほとんど解決しました。発声の技術についても、たくさん助言をいただきました。ちょうど日本語を勉強している団員が多かったのも大きかったです。彼らの功績は本当に大きい!
わらべうたについての資料もたくさん調べました。すると、もともとは動きや遊びと一緒に歌われていたことが分かったんです。コンクールでは動きを見て採点するわけではありませんが、体の動きを取り入れると、その体の記憶に日本語の発音練習が重なって、歌のスタイルがずっとつかみやすくなったように思います。
──団員の皆さんは、日本語の作品を歌ってみていかがでしたか。
Lahang Qesu’(団長)
コンクールで日本語の作品を歌うのは初めてで、しかも日本の舞台です。ぴったりの場でしたね。日本語の発音自体は、私にはそれほど難しくありませんでした。難しかったのは、審査員の方に「日本人が歌っている」と感じてもらえるように歌うことです。
Syat Pawang(専属作曲家)
日本語の「う」にはしばらく悩まされて、ずいぶん研究しました。でも日本のアニメが好きなので、日本語を覚えるのはそれほど苦ではなく、むしろなじみのある感じがしました。この曲を歌うことで、日本のわらべうたの背景にある物語も知ることができました。
言葉のほかにも、私は日本の作曲家の音楽が大好きです。いつも音楽で、日本の温かさや気品を感じさせてくれる。たとえば〈大王のお猿さん〉の最後の歌詞には「お正月」という言葉が出てきます。表向きはとても楽しい終わり方なのに、池辺晋一郎さんが選んだ和声は、西洋でふつう使われる長三和音ではなく、不協和な響きで終わるんです。それが大好きで、この「お正月」の奥に、ほかにもたくさんの味わいが隠れているように感じます。
Syat Kaman(団員)
言葉の面では、日本語の発声や母音は、私たちがふだん使っているタイヤル語や中国語とは大きく違います。練習の初めには、日本語の発声の専門家に来ていただいて直してもらいましたし、茨城の民謡の背景や歌の物語も調べました。準備の間は言葉と発音にものすごく神経を使いましたが、そのおかげで、さまざまな文化の音楽に対応する力が団員の中で育っていったと思います。
Kolas Isa(団員)
歌っていて、とても面白かったです。私たちの団は日本語の合唱曲に触れることがほとんどなかったので、今回の日本語の課題曲は、楽しくて印象深い経験になりました。とはいえ、最初の練習は本当に大変でした。団員のほぼ全員が日本語を話せないので、日本語を習ったことのある友人にあちこち聞いて回ったんです。この文はどう発音するのか、抑揚はどうなのか、歌詞の意味は、わらべうたの出どころは、歌の背景にある文化は……。
日本語の歌を練習すること自体も楽しかったのですが、私にとっていちばん奥深かったのは、一曲の背景にある文化を理解しようとして、それを音楽の解釈にどう生かすかを考えることでした。
Wagi Hayung(団員)
〈大王のお猿さん〉で強く感じたのは、退屈にならず、子どもらしい遊び心も込めて歌わなければならない、ということです。最初は、あまりなじみのない和音に少し驚きました。そのうえ自然な日本語の発音と動きを同時にこなさなければならず、かなり苦労しました。幸い、ダンスが得意な団員がいて、歌詞を理解したうえでみんなに振り付けをしてくれたんです。体の動きに助けられて、曲の中の感情をかえって素早く切り替えられるようになり、歌詞の情景を自然に伝えられるようになりました。
──練習についてお聞かせください。どのように準備を重ね、練習でいちばん大切にされていることは何ですか。
Photos and videos by Choir Manager Pei-Yi Lu (Sihugu Maljaljaves)
ブシャル・マクス(指揮者)
私自身、大学で声楽を専攻していたので、言葉にはとても厳しいです。29人の歌い手の母音でも子音でも、少しでもそろわなければもう一度。言語が違えば音色も違います。その音色がつくれると、聴く人に「この団は歌の意味も感情も分かっている」と感じてもらえるんです。
それから、こうした室内合唱の編成で、和声の倍音を調整するのが大好きです。ある声部のある母音を少し明るく、あるいは暗くするだけで、和声の色がすぐにまったく変わります。
出席もとても大切にしています。ただ団員が台湾のあちこちから集まってくるので、毎回全員がそろうのは難しい。全員出席は、まだ私たちの課題です。
──団員の皆さんにとって、準備の中でいちばん大変だったことは何ですか。どのように乗り越えましたか。
Photos and videos by Choir Manager Pei-Yi Lu (Sihugu Maljaljaves)
Lahang Qesu’(団長)
いちばん大変だったのは、全員がそろって一緒に練習することです。みんなそれぞれ仕事を持っていて、台湾のあちこちから休日に集まって練習しています。乗り越えるために、その日の練習の進み具合をパートごとのグループに上げて、来られなかった人には自分で練習してもらい、録音を指揮者に送ってもらうようにしました。
Syat Pawang(専属作曲家)
準備でいちばん大変だったのは、歌うことそのものでした。指揮者が本当に優れた歌い手なので、歌にはとても厳しいんです。いちばん印象に残っているのは〈World O World〉の発音です。楽譜は一見とても素朴なのですが、強弱、言葉の抑揚、アクセント、それに和声をきっちり合わせていくと、つかむべき細部がたくさんあって、曲にどんどん奥行きが出てくるんです。
Syat Kaman(団員)
いちばん大変だったのは、発音と、和声をはめて音程を合わせることでした。乗り越えるには、とにかく何度も繰り返して、調整と修正を続けるしかありませんでした。
Kolas Isa(団員)
いちばん大変だったのは、複雑な言語でも、曲ごとのスタイルの違いでもありませんでした。合唱曲の中で、自分のパートがその瞬間どんな役割を担っているかに合わせて、歌い方も解釈も絶えず切り替えなければならないことです。
とくに〈World O World〉では、ジェイコブ・コリアーがとても豊かな和音を使っています。和音を歌う人は、パート同士の音程とバランスを考えたうえで、自分の音がその和音の中でどんな働きをしているかに応じて、音量・音色・音程を細かく直していかなければなりません。そうして初めて、和音がバランスよく響くんです。
私たちの団には和声学に詳しい歌い手がいて、準備の間、和音の中のそれぞれの音の音色の扱いについて何度も教わりました。和音を歌う箇所を細かく仕上げるために、特別にたくさんの時間をかけました。本当に、本当に大きな忍耐が必要でした。
Wagi Hayung(団員)
いちばん大変だったのは、間違いなく時間です。ふだんはみんなばらばらの場所で暮らしていて、集まって練習できる機会が少なすぎるんです。その制約を乗り越えるために、私がいつもしていたのは、イヤホンで指揮者やパートリーダーの録音を聴きながら、通勤の途中や生活の合間に時間を見つけて、楽譜を見ながら一人で練習することでした。
あの頃の私のボイスメモは、団員と発音や音程を確かめ合った音声ばかりです。一緒にいられる時間はとても限られていると分かっていたから、会う前に自分のパートは全部仕上げておかなければならない。そうすれば、合わせられるときに基礎練習で時間を無駄にせず、音楽の息を合わせることに直接向き合えるんです。
──本番当日はいかがでしたか。晴海のホールで歌われて、今も心に残っていることを教えてください。
ブシャル・マクス(指揮者)
今回の日本のコンクールは、ほかの地域とは少し違っていました。午前中に最初のユース部門を歌い終えて、自分たちでは最後の曲がいちばんの出来ではなかったと思っていたのですが、終わってすぐにグランプリ審査への進出を知らせる電話が来ました。
午後の練習の前、この知らせを先に団員に伝えるかどうか、ずいぶん迷いました。夜の現代音楽部門を控えて、気持ちが揺れたり、はしゃぎすぎたりしないか心配だったんです。ところが午後、練習の部屋に入ると、みんなしんと静かでした。午前の結果に少しも動揺している人はいなくて、良くても悪くても関係ない、という様子で、次の練習と、目の前の音楽だけに集中していました。
それで思わず、進出の知らせを伝えてしまいました。もちろんみんな叫びました! でも、ほんの5秒で、すぐに本番に向かう顔に戻ったんです。むしろその高揚が、みんなを並外れて集中させました。朝から動いていたのに体は疲れていないようで、全員の音楽をもう一段引き上げられそうだと感じました。午前中の指揮でもすでにとても軽やかで、私から何かを与えなくても、彼らは自分たちで音楽を運んでいけると感じていました。そして夜の演奏は、大会全体でいちばん高い得点でした。
──団員の皆さんは、舞台の上で何を伝えたいと思っていましたか。聴衆や審査員に、何が届いてほしいと願っていましたか。
Lahang Qesu’(団長)
舞台に立つときは、一曲一曲の感情や構造を聴衆に伝えなければなりません。私たちの作品は日本語だけでなく、英語、ラテン語、タイヤル語の曲もあります。だから大切なのは、それぞれの曲の空気で聴く人を包み込み、私たちの世界に入ってきてもらって、一緒に音楽の美しさをじっくり味わってもらうことでした。
Syat Pawang(専属作曲家)
私たちのエネルギーを感じてほしかった。私たちがどこから来たのかを見てほしかったんです。私たちの歌声は、神に育てられ、文化に養われ、学堂のひとりひとりが黙って注いできたものから生まれています。耳の鋭い指揮者がいてくれることを本当に嬉しく思いますし、彼の音楽の捉え方が好きで、共感しています。とくに〈World O World〉と〈YOU ARE A STAR!-STELLA ES!〉では、和声の緊張感や言葉の抑揚の扱いに、泰雅學堂青年合唱團ならではの解釈を込められたことを誇りに思います。
Syat Kaman(団員)
私たちがあの場でしていたことは、もう「歌を歌う」ということよりずっと深いものになっていました。この団にいちばん惹かれるのは、ひとりひとりの心がしっかり結びついていることです。舞台の上では、同じ船に乗って目標へ進んでいる私たちの姿を伝えている気がしました。声の中でお互いを信じ、支え合っていて、私たち自身も深く心を動かされ、満たされていました。
Kolas Isa(団員)
最初、舞台袖で待っているときは心臓がものすごくどきどきして、このあと失敗したらどうしようと本当に不安でした。でも舞台に立った瞬間、急に気持ちが落ち着いたんです。どれだけ緊張しても何も変わらない、舞台を楽しんでいる姿を聴く人の心に残すことこそが本物だ、と思えたから。
だから私が聴衆に届けたかったのは、私たちが「一曲をうまく歌おう」とどれだけ頑張っているかではありません。「私たちはみんな歌うのが好きで、あなたたちに歌うのも好きなんです」ということでした。
Wagi Hayung(団員)
実は舞台に立っていたとき、何かを伝えようと特に考えていたわけではありません。ただ、楽譜にあるひとつひとつの指示と、ふだん指揮者が繰り返し言っている音楽の表現に、精一杯応えたいと思っていました。あえて言うなら、日々の練習の積み重ねに少しの想像力を加えて、時代も感情も違う作品の中に自分を溶け込ませようとしていた、ということでしょうか。私は自分の歌声を器にして、作品そのものの意味と、私たちなりの理解を、客席の聴衆と審査員の方々へ静かに届けていただけなんです。
──最優秀指揮者賞を受賞されました。指揮者として、この合唱団と向き合ううえで、いちばん大切にされていることは何ですか。
ブシャル・マクス(指揮者)
実は今も、指揮にはあまり自信がないんです。指揮を専門に学んできたわけではなく、周りの指揮者の友人から少しずつ教わり、たくさんの指揮者を見てきて、ようやく泰雅學堂青年合唱團を率いてコンクールで指揮をする勇気を持てました。
今回この最優秀指揮者賞をいただいて、私にとっては、この団のスタイルがいっそうはっきりしました。それは、団員と徹底的に対話することです。
私はよく団員に「この部分は振りたくない。怠けているからじゃなくて、ここは歌い手が自分で歌わないと自然にならないから」と言います。目で見える指示が多すぎると、団員はかえって耳を閉じてしまう。音楽を最後に届けるのは歌い手です。彼らが耳でお互いを聴き合い、息や音色を確かめ合う。そうして生まれる音楽こそが、聴く人を心地よくするのだと思います。
──東京国際合唱コンクールに参加して、今も心に残っていることを教えてください。
Lahang Qesu’(団長)
いちばん印象深いのは、やはり総合グランプリをいただいた瞬間です。3年目にして、ようやく私たちがグランプリを手にする番が来ました。大切にしまっておきたい思い出で、これから振り返るたびに、私たちのいちばん輝いた瞬間になると思います。
Syat Pawang(専属作曲家)
心に残っているのは、弟や妹のような後輩たちの成長です。この過程の中で少しずつ心の壁を越えていった人もいれば、耳も理解力もとても優れていて、入って間もないのにパートの中心になった人もいます。彼らのことを本当に誇りに思いますし、これからもきっと私を驚かせてくれるはずです!
Syat Kaman(団員)
いちばん深く心に残っているのは、日本にいる間の一回一回の練習です。異国での練習は、台湾での練習とはまったく違いました。ホテルの会議室でも、たまたま借りられた地元のダンス教室でも、みんなが声を出した瞬間に、団の結束がはっきりと感じられるんです。曲をできる限り極めるために、練習できる隙間の時間はほとんどすべて使いましたし、何度も何度も発音や和声を確かめ合う人もいました。日本にいたあの期間、みんなの目に宿っていた集中と一体感は、これまでにないものでした。
Kolas Isa(団員)
表彰式が終わったとき、日本の高校の合唱団の生徒さんたちが、同じく自由曲として歌っていた〈Pseudo-Yoik〉を、一緒に舞台で歌おうと誘ってくれたんです。本当に忘れられない瞬間でした! これはコンクールだけれど、私たちは音楽によってひとつに結ばれている。点数も結果も関係なく、国籍も言葉も関係ない。そう感じられた経験は、とても心に残る思い出になりました。
Wagi Hayung(団員)
今でもいちばん忘れられないのは、表彰式のあと舞台で起きた思いがけない出来事です。私たちともう一つの団が、示し合わせたわけでもないのに、同じ〈Pseudo-Yoik〉を歌っていたんです。表彰式が終わると、相手の団員さんたちが駆け寄ってきて、一緒に歌おうと誘ってくれました。
その瞬間、みんなさっと混ざり合って、パートごとに並びました。リハーサルも何もないのに、私たちの声と呼吸は自然に溶け合っていきました。審査員の先生方まで次々に出てきて聴いてくださったんです。あの瞬間には、コンクールの勝ち負けはなく、ただ声と声が響き合っていただけでした。きっとこれが、音楽のいちばん美しくて、いちばん純粋な姿なのだと思います。
動画:泰雅學堂青年合唱團 Facebookより
──支えてくださった方々へ、メッセージをお願いします。
Lahang Qesu’(団長)
支えてくださった皆さん、ありがとうございます。皆さんの応援があったから、つらい道のりでも手を差し伸べてくれる人がいると分かって、前へ進み続けることができました。これからももっと努力して、支えてくださる皆さんに、私たちの成長と頑張りを見ていただけるようにします。
Syat Pawang(専属作曲家)
ありがとうございます。音楽は分かち合うものです。作曲家、演奏家・歌い手、そして聴き手。音楽にはこの三つの役が欠かせません。皆さんの支えと、皆さんから伝わってくるエネルギーがあるから、私たちは皆さんを通して、自分たちの姿を見ることができるんです。
Syat Kaman(団員)
ここまでの道のりは本当に簡単ではなくて、海外のコンクールに飛んでいくのもあって、どの関門もきつく感じました。でも、家にいる父や、部落の祖母、家族や友人たちがずっと後ろで応援して祈ってくれていると思うと、心強くて、少しも一人じゃないと感じられました。
ひとことの「がんばれ」も、送ってくれたメッセージのひとつひとつも、ただ黙って配信を見ながら手に汗を握ってくれていたことさえ、私たちにはものすごく大きな力でした! この賞は私たちだけのものではなく、みんなで分かち合う栄誉です! 泰雅學堂青年合唱團はこの栄誉を胸に、これからも歌い続けます。ありがとうございました!
Kolas Isa(団員)
支えてくださって、私たちの歌を好きで聴いてくださる皆さん、ありがとうございます。これからも努力を続けて、もっと本格的な方向へ進んでいきます。すばらしい作品にこれからも出会って、いつか皆さんの前で歌えることを楽しみにしていますし、私たちの歌声が、聴いてくださる方に少しの力と、少しの温かさを届けられたらと願っています。
Wagi Hayung(団員)
いちばん支えてくださった泰雅學堂の先生方に、特に感謝を伝えたいです。今回のコンクールでは、涵茹校長と志明校長がずっと付き添ってくださり、凱蘭さんがみんなの面倒を見てくださいました。皆さんという大きな後ろ盾があったから、舞台に立っても一人だと感じず、音楽の中でも落ち着いて伸びやかに歌うことができました。惜しみなく尽くしてくださって、ありがとうございます。このトロフィーは、皆さんと一緒に勝ち取ったものです。これからのコンクールでも、ずっと後ろにいていただけたら嬉しいです。
──これからの合唱団に、どんな願いをお持ちですか。
ブシャル・マクス(指揮者)
愛する団員たちが、ずっと歌い続けてくれたらと願っています(私は本当に厳しいんですけど)。人生のいろいろな時期で、ここを離れなければならないことがあっても、この先もよく帰ってきてほしい。ここはそういう場所なんです。私たちはまずお互いを知り、お互いの良さを分かっているからこそ、音楽を楽しめる。そしてこれからも、この世界に美しい音楽を届けて、ずっと歌っていけたらと思います。
──団員の皆さんが、これから挑戦したいことを教えてください。
Syat Pawang(専属作曲家)
作曲家として、次の世界合唱選手権大会(World Choral Championship)で歌う〈pqsya’i ku Sere su’〉をしっかり書き上げたいです。
Syat Kaman(団員)
目の前のいちばん大きな挑戦は、来年の世界合唱選手権大会です! 努力を重ねていけば、そのときにはきっと実を結ぶはずです。
Kolas Isa(団員)
次は2027年の世界合唱選手権大会です。これが今の私たちにとって、いちばん近くにある大きな挑戦です。挑むのは、より精密な和声だけではありません。歌い手の持久力もです。私自身は、もっと鋭い耳と、もっと磨かれた歌唱力、そして音楽へのより深い理解と解釈を身につけたいと思っています。
Wagi Hayung(団員)
年末の演奏会もありますが、いちばん大きな挑戦は来年の世界合唱選手権大会だと思います。私たちはどのコンクールでも、専属作曲家の Syat Pawang さんが書いたタイヤル語の合唱曲を一曲歌っています。賞をいただくためだけではなく、私たちの文化である音楽を世界に届けるためです。
私にとっての挑戦は、世界の舞台に立って、祖先の言葉の旋律を、ありのまま、惜しみなく歌い上げること。そして世界中に、タイヤル族の声を聴いてもらうことです。
2026年10月24日(土) 泰雅學堂青年合唱團 年度音楽会「qays 界線」
会場:國家兩廳院 演奏廳(台湾・台北)
2026年11月13日(金) 泰雅學堂青年合唱團 年度音楽会「qays 界線」
会場:衛武營國家藝術文化中心 表演廳(台湾・高雄)
2026年12月26日(土)〜28日(月) 香港国際合唱フェスティバル(香港國際合唱薈萃)
会場:ディオセサン・ボーイズ・スクール(香港拔萃男書院)
2027年5月19日(水)〜23日(日) 慶南国際合唱祭
会場:韓国・慶尚南道
2027年7月22日(木)〜 第5回世界合唱選手権大会(World Choral Championship)
会場:東京・晴海(東京国際合唱コンクールと同時開催)
公式サイト:https://www.worldchoralchampionship.org/
インタビューを終えて──編集後記
「ここは振りたくない。歌い手が自分で歌わないと自然にならないから」。指揮者のブシャル・マクスさんのこの言葉が、ずっと心に残っています。指示を減らすことで、歌い手が互いの声に耳を澄ます。台湾各地に散らばって暮らす団員の皆さんが、通勤の合間にボイスメモで発音を確かめ合い、集まれる限られた時間を音楽そのものに使えるよう備えていた話も、きっと同じところにつながっているのだと思います。
表彰式のあと、同じ〈Pseudo-Yoik〉を歌った日本の高校生たちと声を重ねた場面は、コンクールが競い合うだけの場所ではないことを教えてくれました。
2027年7月、世界合唱選手権大会の舞台は再び晴海です。タイヤルの言葉で歌う皆さんの声を、今度は客席で聴ける日を楽しみにしています。泰雅學堂青年合唱團の皆さんのこれからの歩みを、心から応援しております。
このたびは貴重なお話をありがとうございました。
第8回東京国際合唱コンクールの概要については下記をご覧ください
第8回東京国際合唱コンクールの結果については下記をご覧ください





