2025年11月22日(土)彩の国・さいたま芸術劇場 音楽ホール(埼玉県)で行われた「第33回彩の国・埼玉ピアノコンクール2025」F部門にて金賞・審査委員長賞・ヤマハ賞を受賞された野島さん。今回は同コンクールをはじめ、これから音楽コンクールに挑戦する方に向けてお話を伺いました。
取材・文|編集部
自分にピッタリな音楽コンクールが見つかる!国内外の音楽コンクール情報や結果まとめをわかりやすくご紹介し、次世代の音楽家や音楽ファンの皆様に寄り添います。
プロフィール
野島圭稀(Tamaki Nojima)
東京都在住/広島県出身
国立音楽大学附属高等学校を経て国立音楽大学に特別給費奨学生として入学。現在、同大学演奏・創作学科 鍵盤楽器専修 ソリスト・コース4年に在学中。
3歳よりピアノを始める。
これまでにピアノを佐藤恵美、堀田万友美、近藤伸子各氏に師事。
趣味・特技
手芸、音楽鑑賞
受賞歴
第41回 全日本ジュニアクラシック音楽コンクール【高校3年生の部】第5位
第39回 JPTAピアノ・オーディション【E部門】地区大会奨励賞
第32回 彩の国・埼玉ピアノコンクール【F部門】入選
第33回 彩の国・埼玉ピアノコンクール【F部門】金賞、審査委員長賞・ヤマハ賞
彩の国・埼玉ピアノコンクールを終えて
──コンクール、お疲れさまでした!終えた今のお気持ちをお聞かせください。
野島
ありがとうございます。今年は大学生最後の年ということもあり、自分の中で強い思いがありました。実は昨年もこのコンクールに参加したのですが、その時は納得のいく演奏ができず、とても悔しい思いをしたんです。
それだけに、今回は「リベンジ」という気持ちで臨みました。こうして素晴らしい結果をいただけたことで、昨年の悔しさにひとつ区切りをつけることができ、今は心から嬉しい気持ちでいっぱいです。
──昨年の悔しさがある中での再挑戦は、プレッシャーも大きかったのではないでしょうか。今回、特に印象に残っていることはありますか?
野島
そうですね…。「リベンジ」という気負いはありましたが、意外にも本番はとても落ち着いて演奏できたことが印象に残っています。
終演後も、変に浮足立つことなく平常心でいられました。自分の演奏を思い返したときに、『あそこはもっとこうすべきだったかな』と、細かい部分まで冷静に振り返ることができたんです。それだけ一音一音に深く集中できていたのだと、今改めて実感しています。
──緊張感のある舞台で、そこまで冷静に分析できるのはすごいです。普段の演奏後とは感覚が違ったのでしょうか。
野島
いつもは『ああ、終わった!』と解放感に浸ってしまうことも多いのですが、稀に演奏直後から細かいところまで思考が巡る時があるんです。そういう時は、自分の中でも深く集中し、納得のいく演奏ができたなと感じる瞬間ですね。
──なぜこのコンクールに挑戦しようと思われましたか?
野島
このコンクールには大学1年生の時から毎年参加していますが、きっかけは現在大学で師事している先生の勧めでした。『審査員の先生方も素晴らしい方ばかりだから、とても勉強になるよ』というアドバイスをいただき、挑戦を決めたんです。
今回は先生が他の部門を担当されていたため、私が受けたF部門(大学・一般の部)の審査にはいらっしゃいませんでした。先生がいらっしゃると確かに緊張はします。それでもやはり聴いていただきたかったという思いが強かったですね。演奏後に『あそこはこうだったよ』と具体的なアドバイスをいただけることは、私にとって何よりの糧になりますから。先生がいてくださった方が良かったな、というのが正直な気持ちでした。
──自由曲は何を演奏されましたか?選曲理由も教えてください。
野島
スクリャービンの『2つの詩曲』と『ピアノ・ソナタ第10番』を演奏しました。ソナタ第10番は今度の卒業試験でも演奏する予定の曲で、そのためにずっと準備を重ねてきた大切な作品です。
『2つの詩曲』の方は高校3年生の頃からずっと大切に弾き続けてきた曲なのですが、今回ソナタを演奏するにあたって、やはり同じスクリャービンの作品で構成したいと思い、このプログラムにしました。
──スクリャービンの作品に惹かれる特別な理由や、魅力はありますか?
野島
現在師事している先生に、初期の作品である『2つの詩曲』を勧めていただいて以来、スクリャービンの世界にのめり込みました。最近ではソナタ第9番なども含め、彼の作品に取り組む機会が非常に増えています。
スクリャービンの魅力は、何といってもその『神秘性』にあると思います。初期の作品はショパンの影響もあり、優雅で甘美なメロディがとても素敵です。『2つの詩曲』の第1番はまさにその優雅さが特徴ですが、対照的に第2番は情熱が爆発するような激しさがあり、その鮮やかな対比が非常に面白いと感じています。
一方、今回演奏したソナタ第10番は後期の作品で、特有の神秘性に加え『狂気』が混在しています。そうした彼にしか出せない独自の世界観をしっかりと作り上げられるよう、今も日々試行錯誤を重ねています。スクリャービンは、弾けば弾くほどその魅力に惹きつけられる、私にとって本当に大切な作曲家です。また、彼と同じように音の色彩感が美しい、ドビュッシーも好きですね。
──コンクールの準備期間について教えてください。
野島
準備期間は、メンタルコントロールを一番大切にしていました。今回は『昨年の悔しさを晴らしたい、後悔したくない』という思いが非常に強かったので、本番1週間前からは、余計なことは一切考えないように努めました。ただ『自分が納得できる演奏をすること』その一点だけに全神経を集中させて過ごしていました。
──プレッシャーも相当なものだったと思いますが、何か支えになったものはありましたか?
野島
レッスンの先生からいただいた『良い演奏をすることが大事』という言葉が、大きな支えになりました。プレッシャーで頭が重くなっていたのですが、やるべきことは『良い演奏をする』という一点だけで、実はとてもシンプルなんだと気づけたんです。
そこから一気に思考が整理されました。日常のレッスンから親身に相談に乗ってくださる先生の言葉には、いつも本当に助けられています。
──今回の挑戦を含め、ご家族には日頃から活動のことをお話しされているのでしょうか。
野島
家系に音楽家がいるわけではないのですが、家族はいつも私の活動を一番に尊重し、協力してくれています。高校生くらいまではよく母に『この曲を聴いて』と練習を聴いてもらっていましたし、コンクールにもずっと付き添ってくれていました。
──ピアノを始められたきっかけは何だったのですか?
野島
3歳の時、家の近くにあった音楽教室を見て、自分から『ピアノをやりたい』と言い出したのがきっかけだそうです。母もかつてエレクトーンを楽しんでいた経験があり、私にピアノを習わせたいという思いがあったようで、トントン拍子に教室へ通い始めることになりました。それから今日までずっと、ピアノと共に歩んできました。
──練習をするにあたって、どのようなことに気を付けましたか?
野島
本番が近づくにつれて、とにかく『イメージを持つこと』を一番大切にしていました。自分の演奏を録音して客観的に聴き直し、『この音はもっとこだわりたい』『この場面の雰囲気はこう変えたい』といったアイデアを常に頭の中で巡らせ、理想の音楽を鮮明にイメージする作業に多くの時間を割きました。
──楽曲へのこだわりや、本番のステージを想定した練習について教えてください。
野島
スクリャービンのソナタ第10番は、「トリル・ソナタ」と呼ばれるほど全編にわたってトリルが多用される作品です。その一つひとつのトリルをいかに美しく、効果的に響かせるかについては非常にこだわりました。また、曲が最高潮に達する部分でのテクニカルな処理など、スクリャービン特有の難所は納得がいくまで重点的にさらいました。
そうした技術面だけでなく、練習の時からホールの空間の広さや響きを常にイメージすることも大切にしていました。広いステージで自分が弾いている姿を想像し、音がどのように空間に溶けていくかまでシミュレーションすることは、本番で落ち着いてベストなパフォーマンスをするためにも、私にとって欠かせないプロセスでした。
──本番当日のお気持ちをお聞かせください。
野島
当日は意外にも、とても落ち着いていました。とにかく『後悔したくない』という思いが一番にありましたね。今年はリベンジ。もちろん結果も大切ですが、まずは昨年よりも納得のいく演奏ができればそれでいい、というある種、吹っ切れたような気持ちで臨んでいました。
──当日、必ず行うルーティンなどはありますか?
野島
家を出るまでの決まった習慣はないのですが、舞台に上がる直前のルーティンはあります。緊張するとどうしても体が固まってしまうので、舞台袖では入念にストレッチをして体をほぐすことを大切にしています。衣装を着ているので少し動きにくいのですが(笑)、ベストなパフォーマンスをするためには欠かせません。
──何度も通い続けた会場ですが、当日のホールの雰囲気や「最後」という意識はいかがでしたか?
野島
今回で4回目の参加ということもあり、会場に対しては『またこの素敵なホールで弾けるんだ』』という、どこか温かな愛着を感じていました。緊張や慣れというよりも、ホールそのものを純粋に楽しもうという気持ちが強かったですね。
大学生としてこの舞台に立つのも最後という寂しさもありますが…正直に言うと、当日はその感慨に浸る余裕はありませんでした(笑)。それよりも、とにかく『今日はリベンジだ、このホールを自分の音で鳴らし切るぞ』という前向きな闘志の方が、私の中で大きく燃えていたように思います。
──彩の国・埼玉ピアノコンクールに挑戦する方へのメッセージをお願いします。
野島
会場となる『さいたま芸術劇場』の音楽ホールは本当に素晴らしく響く、特別な雰囲気を持った空間です。練習の時からその豊かな響きをイメージし、『空間全体に音を届ける』という意識を持って準備をしてみてください。そうした準備ができていれば、本番もきっとその響きを楽しみながら演奏できるはずです。
また、審査員の先生方が本当に素晴らしい方々ばかりだということも、このコンクールの大きな魅力です。毎回いただける講評は、どれも本当に勉強になることばかりで、次に向けたモチベーションに繋がります。
──野島さんご自身、何度も挑戦を続けてこられたのは、やはり得られるものが大きかったからでしょうか。
野島
そうですね。挑戦するたびに『もっと頑張ろう』という活力をいただけました。専門的な講評をいただけるのはもちろんですが、あのホールで弾くこと自体が、演奏家として大きな学びになります。
自分の現在地を確認し、成長させてくれる素晴らしいステージですので、ぜひ多くの方に挑戦していただきたいです。
──今後の目標、将来の夢などをお聞かせください。
野島
これからもずっと、音楽と関わり続けていきたいと思っています。今の大きな夢は、演奏や指導を通して『音楽に救われる人』を一人でも増やすことです。
私自身、ある方の演奏に心から救われた経験があるんです。2年ほど前に国際音楽セミナーで出会った先輩なのですが、その方の演奏はとにかく表現力が素晴らしく、聴き手の心に真っ直ぐ入り込んでくるような力を持っていました。
初めて聴いた時も衝撃を受けましたが、特に最近、進路のことなどで悩んでいた時期に改めてその演奏を聴く機会があり、その瞬間に『ああ、自分も頑張ろう』と、心から前を向くことができたんです。
その経験があるからこそ、技術的に優れているだけでなく聴く人の心を動かし、希望を分け与えられるような音楽家になりたいと強く願うようになりました。そのために、まずは大学院に進学してさらに自分の音楽を深く追求していくつもりです。
実は、今回のような大きな賞をいただけたのは初めてのことでした。これまでの積み重ねが形になったことは、私にとって大きな自信に繋がっています。大学の卒業試験、そして来年4月12日の受賞者記念コンサート。まずは目の前の一つひとつの舞台で、聴いてくださる方の心に届くピアノを演奏したいと思っています。
2026年4月12日:彩の国・埼玉ピアノコンクール受賞者コンサート
インタビューを終えて──編集後記
初めてのインタビューとは思えないほど、一つひとつの言葉を大切に選んで届けてくださった野島さん。その佇まいは、お話を伺っているこちらまで心が温かくなるような、とても穏やかなものでした。
特に心に残ったのは、昨年の悔しさを「リベンジ」という強い言葉で抱きしめ、大学生最後の年に見事に花を咲かせたその芯の強さです。舞台袖でストレッチをしながら、静かに「自分を信じて鳴らし切る」と決意した野島さんの姿を想像すると、その真っ直ぐな情熱に胸が熱くなります。
また、ご自身の進路に悩んでいた時に「音楽に救われた」というエピソードを語る際の、少しはにかんだような、でも確信に満ちた表情がとても印象的でした。自分が救われたからこそ、次は誰かの心に希望を灯したい。そんな優しくも高い志を持つ野島さん。
今回、初めての大きな受賞という節目にお話を伺えたことを心から光栄に思います。卒業試験、そして春のコンサート。野島さんが奏でるピアノが、これから多くの人の「救い」となって広がっていく未来をこれからも応援しています。お忙しいところ、本当にありがとうございました。
彩の国・埼玉ピアノコンクールの概要については下記をご覧ください。
彩の国・埼玉ピアノコンクールの結果については下記をご覧ください。





